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JNWも小沢氏の期待の記事
 日本の菅直人政権に対する野党の不信任決議案は2日、293対152の大差で否決された。この結果は一見、菅首相の圧勝にみえる。だが、この国ではよくあることだが、その実は全く異なり、菅首相を「勝利者」と呼ぶには程遠い決着だ。東日本大震災の復興にめどがつくと思われる2、3カ月のうちには退陣することを表明した上での不信任案否決だからだ。


ASSOCIATED PRESS

民主党の小沢一郎元代表
 当初不信任案に賛成して首相を引きずりおろそうとしていた与党・民主党議員を土壇場で思いとどまらせたこの退陣表明の裏でどんな取引があったのか。それが表に出て来るには、まだしばらく時間がかかるであろうし、同時にそれは強力なリーダーが必要なこの試練のときに、先の見えない不確実な時間が続くことを意味している。

 与党・民主党内の反菅勢力が野党に協力して不信任決議を可決させるのに十分な人数を確保していたかは、今となってはわからない。採決前夜の票読みでは確率は五分五分だったようだ。だがいずれにせよこの日に不信任案を通して退陣までに追い込むまでの必要はなかった。調査機関ピューの最近の世論調査では、日本人の79%が首相の震災対応をお粗末とは感じてはいるものの、大半の国民がこの国難を顧みずに繰り広げられる民主党内の権力闘争を苦々しく思い、当面は菅首相の続投を容認していたからだ。

 菅政権がここ数カ月で向き合う最大の試練は、実は震災復興ではない。その震災対応も含めた政府活動を担保する補正予算や予算関連法案を国会で成立させることこそ最重要課題なのだ。米国政府同様、日本政府も借金枠の上限ぎりぎりまで来ている。様々な社会保障政策を見直さなければ、この膨大な政府債務はいずれ制御不能になる。

 31日に米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが日本の国債格付けを引き下げる方向で見直すと発表したのも、財政改革の進展がみられないことと、低い経済成長見通しが原因だ。それはつまり、日本の政治システムが末期の機能不全に陥っているとの認識の表れなのだ。
 
 この停滞を打破するのに日本がより強力な指導者を見付けることは喫緊の課題だ。その候補の一人は民主党の小沢一郎元代表かもしれない。長く首相候補とされながら、いまだ首相にはなっておらず、また彼の育てた有力政治家の誰もが首相職には就いていない。しかし小沢氏のただならぬ力は、今年初めに政治資金スキャンダルで起訴され、昨年9月には民主党代表選で菅首相追い落としに失敗したにもかかわらず、その影響力を保っていることをみれば明らかだ。最大野党・自民党の谷垣禎一総裁は今週に入り、民主党・小沢グループとの連立政権の可能性を排除しないとも受け取れる発言を行った。過去の自民党と小沢氏の怨念を考えれば驚くばかりだ。

 国民世論が小沢氏を嫌っているのは紛れもない。ここでこの政治家の嫌疑について何らかの法的免責を与えれば大きな物議を醸すことは必定だ。しかし小沢氏が自民党と袂(たもと)を分かつことになった彼の長年にわたる政治信条――利益供与型政治の改革へのたゆまぬ努力、官僚支配の打破――を考えると、その力は重要だ。もし小沢氏が民主、自民両党の改革支持勢力を束ねることができれば、小さな政府と経済成長の促進政策への国民的コンセンサスを形成することも可能になるかもしれない。

 現実には、ムーディーズや他の政治評論家が予測するように、また精彩に欠けた別の政治家が民主党政権で首相になり、停滞が続く可能性は高いだろう。とはいえ、この国の債務問題がいよいよ危機に近づいている現在、政治を密室から解き放ち、国民の前でしっかり政策論議を進めることのできるリーダーのいち早い出現が待たれる。


『日本永久占領:さらば、小沢一郎』
2011年 06月 02日
『日本永久占領:さらば、小沢一郎』




 アルルの男・ヒロシです。

 数日前に私が懸念したとおり、鳩山由紀夫が土壇場で菅内閣信任側に回って、不信任案は圧倒的大差で否決された。鳩山由紀夫が総理を辞任したのが去年の6月2日。奇しくも一年後にまたしても鳩山由紀夫は政界のスイングボウトを行使した。

 菅直人は不信任案議決前の両院議員総会で、鳩山由紀夫と今朝確認し合った約束の内容を披露した。この内容では、「震災対応に一定の目処が付いたら、退陣する」という約束が含まれていたという。ところが、読売新聞が報じたが、文書化された覚書には退陣の文字はない。








 ところが、「総理退陣」という約束を得たこと、そして鳩山が今朝までの「不信任賛成」の意向を一気に翻した結果、鳩山グループが反対側に回ることが確実になり、風見鶏を決め込んでいた原口一博も白々しく「子供たちを避難させてください」との要求だけを突きつけたあと、賛成から反対側に宗旨替えをした。

 その後、小沢一郎は「今まで引き出せなかったものを引き出したのだから自主判断でいいだろう」との判断で自分は事務所に引っ込んでしまった。親分の中途半端な方針転換を受けて、小沢グループも総崩れ。結局、採決の欠席者は小沢一郎と田中真紀子らを含む31人と賛成票を投じた松木謙公以外は、すべて反対票を投じた。これで菅内閣の不信任案は否決された。今国会は大幅延長して通年国会になるとも言われている。一度不信任が否決されたということは、国会が別に開催されるまでは、不信任案を出せないということだ。

 私は今回の政局、始めから鳩山由紀夫がシナリオを描いていたと思う。これはすでに指摘したとおりに、鳩山由紀夫が欧州フリーメーソンのメンバーであり、日本土着政治勢力である小沢グループと一線を画するからだ。外来勢力は江戸末期のようにイギリスとフランスが双方を翻弄した。イギリスが薩長の倒幕派を応援、フランスが徳川家を応援した。しかし、列強が日本を開国させようとして世界秩序に組み込もうとした構図は同じだった。

 小沢は官僚制度に挑戦を挑む以上、国民の圧倒的支持を背景に挑まなければならず、官僚機構を後ろで支援しているアメリカの国務省・国防総省にも目配せをする必要があった。しかし、小沢は政局的に菅直人を批判するばかりで、この時期になぜ選挙を覚悟してまで総理を変える必要があるのかを十分には説明できなかった。私も小沢は決起するべきという考えではあったが、このような中途半端な不信任政局という形ではうまくいくはずがないし、うまくいってもぼろが出ると考えていた。

 要するに、小沢一郎は鳩山由紀夫に裏切られた。その裏切りは2010年6月2日(鳩山が幹事長の小沢に抱きついて辞任した日)に始まっていた、ということだ。もっといえば、小沢一郎こそが民主党という寄り合い所帯をなんとかまとめていたニカワのような存在だったが、その小沢が2009年3月3日に始まった西松建設の献金疑惑を巡る、政治的圧力で党代表を辞任せざるを得なくなった段階で、すべて終わったのだとも言える。

 この辞任後、民主党は前原誠司が支えた岡田克也と、小沢が支えた鳩山由紀夫の代表選になった。跡から考えれば、前原はアメリカのメッセンジャーとして岡田を担いで、鳩山は小沢に担がれたふりをして欧州メーソンの政治アジェンダを発動させたのだった。

 だから、この政権交代は2009年3月3日の強制捜査の段階で「呪われていた」のである。この恐ろしい呪いをかけたのはアメリカのジョゼフ・ナイらジャパン・ハンドラーズであり、日本の外務官僚たち、そしてマスメディアである。



 そのような恐ろしいレジサイド(王殺し)があって、現在の日本国王はアメリカが認める仙谷由人となっている。この呪いを解呪することは叶わない。今回も無理だったではないか。菅直人はいずれやめる。すでに今日の段階で「いずれ辞任する」と表明しているのだから、いずれやめる。

 後任人事は現在も港区のアメリカ大使館で、ジョン・ルース大使とジェイムズ・ズムワルト主席公使たが、現在来日中のダニエル・イノウエ上院議員、ダニエル・オキモト、そしてジェラルド・カーティスらとともに、民主党若手のバックグラウンドファイルを片手に人選を進めているだろう。

 太陽光発電を菅総理が突然、サミット前のOECD記念会合でクリントン国務長官の前で約束して、海江田経産大臣を驚かせるという一件があった。この理由は数日後に、オバマ政権が次期商務長官として、ソーラー発電の装置をつくっている、ブライトソース社の会長であるジョン・ブライソンを後任指名したことで説明できる。オバマ政権はこれで日本への輸出を増やす狙いだ。ブライトソースを始めとする太陽光発電企業が東北に工場を作るだろう。それがTPPと相まって実施される。孫正義はソフトバンクを携帯電話と電力の「光の道」(=ネットワーク)を支配する企業に衣替えするということだ。彼の反原発スタンスにはそのような思惑がある。








 孫正義が大規模太陽光発電を急に唱え始めたのは、彼自身が原発問題に関心を持っていることも勿論だが、それ以上に「光の道」を電話通信だけではなく送電網でも実現するという思惑があるからだろう。その意味で次の総理候補には今回菅政権信任に回った原口一博元総務大臣の名前もアメリカは念頭においているだろう。

 今から考えると、5月24日の小沢・渡部合同誕生会は、竹下登が行った創生会の立ち上げと同じように、小沢一郎に対する反旗を翻す政治集会だったのかもしれない。早いうちからアメリカに内通して情報を渡していたとウィキリークスで暴かれた、山岡賢次・前原誠司の二人がこの誕生会の世話人であったことがその理由だ。

 小沢一郎は、最後の最後で自分が鳩山から、またしても裏切られたことを自覚しただろう。小沢がそれを理解していたからこそ、「犠牲になるのは自分一人でいい。自分が日本の政治の流れを止めている」と気づいて、一人欠席を選んだのだと私は思う。仮に再戦を期すための戦略的撤退を選ぶのなら、「今まで引き出せなかったものを引き出したのだから自主判断でいいだろう」との判断のもと、堂々と不信任反対票を投じたはずだからである。

 小沢一郎が今後、どのような政治活動をするか私には分からない。しかし、私は今日で小沢一郎が中心になって動いてきた日本政治という段階は終わった、と判断する。日本政治は夢も希望もない新しい暗黒のステージに突入してしまった。

 そもそも、単に菅が辞めればいいという話ではなかった。必要なのはアメリカによる「日本再占領」という状況の中でいかにして日本の政治家が成熟していくかという話なのである。

 「日本再占領」。このことはいくつかの状況証拠に基づいて私もこれまで書いてきた。原発対応だけでも、以下のとおり菅政権はアメリカの意向を踏まえた行動をしている。

仝業震災の国際評価基準「レベル7」(IAEAの可能性もあり。本来は「レベル6」で十分)と、原子炉冷却について、アメリカの推薦の「水棺」採用を決定
低濃度汚染水海洋排出(平田オリザの証言)
I猷停止(米軍基地に危機が及ぶから)
ぢ腟模太陽光発電(ジョン・ブライソン次期商務長官就任ご祝儀)
ゾ暖饑覗税(税と社会保障の一体化)
小沢一郎失脚

 だが、菅直人が本来やるべき事は以下の通りだった。

―藉における情報公開+米欧への全面協力の依頼+日常業務
汚染水の早期無毒化処理
I猷停止
ぅス火力発電+京都議定書見直し
ゾ暖饑任裡魁麑瓩
小沢の復興担当大臣による入閣

 それをやらなかった。だから、菅直人が総理に不適格なのはそのとおりだ。しかし、アメリカが信任して、菅直人でいいとサミットで認めた。官僚を始めとして日本の政治はアメリカの意向で動いていく。

 そして、残念ながら、小沢一郎にそれを打ち破るだけの秘策はなかった、ということだ。菅、鳩山の思惑を乗り越えて小沢は国民の支持を得る努力をしていなかったともいえる。たしかに岩手の復興に影で尽力していたのはわかる。だからといって、その成果を積極的にネットなどを通じてアピールでもしないことには国民はメディア情報で判断するので納得しないのも現実だ。

 自分が震災復興への尽力を通じて存在感を示すこと、実現可能性のある代案を出した上で、政権批判をすること。それができなかった今回の政局における小沢一郎は、私の目にも素直に支持できるものではなかった。小沢は自分の敗北を悟り、自分のグループの議員だけでも生き残れよ、と欠席を選んだのだろう。その判断は間違いではない。

 小沢一郎が去年の代表選で訴えたことは、「私自身の屍を乗り越えて、日本に民主政治を根付かせる政治家が出てきてほしい」ということであり、「国民ひとりひとりの個人の自立が重要である」ということである。小沢一郎は去った。

 私たちが自分たちの頭で考えて行動しなければならない時がやってきた。小沢を支持してきた人ならばその去年の彼の「遺言」を重く受け止めるべきだろう。

 私は現下の「日本再占領」のなかでそのように思う。
 私はいまあえて「さらば、小沢一郎」とはっきりと言わなければならないと思う。

 これは「反小沢」の表明ではない。ただ、そのようにいうことが小沢を支持してきた人間としての責任である、と思う。時代の区切りである。延長戦はもう、ない。

 バトンを引き継いだのは若い世代だ。新しい政治を創り上げるのも。





以上



さらば吉田茂―虚構なき戦後政治史

片岡 鉄哉 / 文藝春秋




日本永久占領―日米関係、隠された真実 (講談社プラスアルファ文庫)

片岡 鉄哉 / 講談社